【12】
その日の授業が終わった時には、リザレリスとエミルのまわりには人だかりができていた。魔法授業の効果は絶大だったようだ。
「グレーアムくんは、誰に魔法を教えてもらったの?」
「一年生であそこまで知識と技術を持っている人なんて他にいないぞ!」
「リザさまは、どんな特訓をしたのかしら?」
「私にも教えて!」
ワイワイ盛り上がる放課後の教室に、シルヴィアンナと取り巻きの姿はなかった。早々に帰っていってしまったからだ。おかげでクララも安心してリザレリスたちを見守っていた。あのシルヴィアンナがこれで引き下がるとも思えないが。
「なにもなければ、いいけれど......」
輪から離れてクララがひとり不安を口にしていた時、リザレリスは席から立ち上がった。
「ちょっとお手洗い行ってくるわ」
「リザさま。ぼくも...」
「エミルはここにいろって。せっかく人気者になったんだから。すぐ戻ってくるよ」
リザ
【12】その日の授業が終わった時には、リザレリスとエミルのまわりには人だかりができていた。魔法授業の効果は絶大だったようだ。「グレーアムくんは、誰に魔法を教えてもらったの?」「一年生であそこまで知識と技術を持っている人なんて他にいないぞ!」「リザさまは、どんな特訓をしたのかしら?」「私にも教えて!」ワイワイ盛り上がる放課後の教室に、シルヴィアンナと取り巻きの姿はなかった。早々に帰っていってしまったからだ。おかげでクララも安心してリザレリスたちを見守っていた。あのシルヴィアンナがこれで引き下がるとも思えないが。「なにもなければ、いいけれど......」輪から離れてクララがひとり不安を口にしていた時、リザレリスは席から立ち上がった。「ちょっとお手洗い行ってくるわ」「リザさま。ぼくも...」「エミルはここにいろって。せっかく人気者になったんだから。すぐ戻ってくるよ」リザ
シルヴィアンナと取り巻きたちは、当然のことながらぐぬぬとなっていた。「シルヴィアンナ様。あんなのはオカシイですわよ」「そうですわ。ズルみたいなものですわ」取り巻きたちの言葉にシルヴィアンナは目で頷き、教壇の前に躍り出た。教師が彼女に用件を訊ねる目をする。シルヴィアンナは切り出す。「ちょっと先生。ブラッドヘルムさんのは不合格ではないですか!?」シルヴィアンナの声は鋭く響き渡り、一瞬でクラスが静まり返った。教師はシルヴィアンナに問う。「と仰いますと?」「あのような、椅子の下で低空飛行し続けることを、魔法で浮遊させることとして認めてしまってもよろしいのですか?あんなもの、魔法とは認められないと思いますわ」「しかし、ルール上も問題はないですから」「そういうことを言っているんじゃありませんわ。あんなものを魔法と認めてしまってよろしいのかと、わたくしは申しております!」シルヴィアンナは肩をそびやかし、退く姿勢をまったく見せない。クラスメイトたちが息を飲んで見守る中、リザレリスが足を踏み出した。
休憩時間が終わり魔法授業が始まる。この日の魔法授業ではエミルが躍動した。授業内容が、エミルの得意分野だったのだ。「グレーアムさんは、本当にスゴいですね」と教師も感嘆の息を洩らしたほどだ。内容は、紙飛行機を魔力で飛ばせてどこまで浮遊させていられるか、というもの。単純な内容だが、教室内で行うのがポイントだ。多くの場合、いずれ壁や天井にぶつかってコントロールを失い落ちてしまう。互いの飛行機がぶつかり合って落ちてしまうこともある。しかも外でやるのと違い自然の風に乗ることがない。魔力だけでの浮遊とコントロールが要求されるのだ。「グレーアムくん、すごい」クラスメイトたちからも溜息が洩れた。しかし風使いのエミルにはたやすいことだった。彼の紙飛行機は、広い教室内を優雅に旋回していた。そんな中、一機だけ異様な飛行を見せる紙飛行機が存在した。「ブラッドヘルムさんのは、なんというか......」教師も悩ませる、リザレリスの飛ばした紙飛行機。それは何かに耐えるように椅子の下をかろうじて浮遊していた。どうしてそうなったのか、リザレリス自身もよくわかっていない。ただ、浮遊し続けてはいたので、教師も評価に困っていた。
【11】翌日の学校は、リザレリスにとって哀しい変化が起こった。 「お、おはようございます。それでは私はあちらに座るので......」挨拶が済むなりクララが逃げるように離れていってしまったのだ。明らかに避けられている。リザレリスは席に着くと、青くなった顔を隣のエミルに向けた。「俺...わたし、嫌われた?」「そ、そんなことは......」「俺...わたし、なんかしちゃった?」「そ、そんなことは......」落ち込むリザレリスだったが、変化はそれだけではなかった。昨日は楽しげに王女のまわりへ集まってきたクラスメイトたちも、今日は一様によそよそしかった。昼休憩になると、リザレリスはエミルとふたりだけで過ごさざるをえなかった。そんなふたりを一瞥してきたシルヴィアンナは、思わしげに口端を上げていた。「そうよ。没落王女らしく大人しくしていればいいの」取り巻きとともにシルヴィアンナがクスクスと笑う。リザレリスは頬杖をつき、ため息をついた。
【10】「王女殿下。問題はございませんでしたか?」帰宅したリザレリスたちを真っ先に出迎えたのは、目を光らせたルイーズだった。 「なーんも。楽しかったぜ」王女は陽気に答えたが、ルイーズの目は疑念に満ちていて納得していない。「エミル。貴方のご意見は?」「特に問題はございません」嘘をついているつもりはないが、まったく本当というわけでもなかった。魔法授業のことなど、報告すべきことはあった。しかし、事前にリザレリスから釘を刺されていたのだ。ルイーズには言うな、絶対にメンドクサイことになりそうだからと。「まあ、貴方がそう言うならいいでしょう」ルイーズが納得すると、リザレリスがこっそり感謝のウインクを飛ばしてきて、エミルはふっと微笑んだ。夕食が済んでお風呂も上がった頃。エミルは王女の自室の扉をノックした。夜にひとり王女の部屋へ訪れるなど、彼女が目覚めてからは初めてだった。今は侍女もいない。エミルはやや緊張していた。
初日から波乱を予感させることがあったものの、放課後のリザレリスは躍動していた。クララとともに街に出かけていたのだ。「クララって、男子に人気だろ?」カフェで向かい合わせに座ると、リザレリスは両肘を机に置き、真正面からクララの顔をまじまじと覗き込んだ。クララは恥ずかしそうに顔を背ける。「そ、そんなことないです。私のことなんて、誰も気にしていないし......」「こんなにカワイイ娘を!?」「も、もう、やめてください」リザレリスの褒め殺しに合い、クララはあわあわすることしかできなかった。リザレリスは背もたれに寄りかかり腕を組む。「見る目がないんだな、クラスの連中は。俺...わたしの中では、次の朝ドラヒロインはクララに決定なんだが」リザレリスの評価は揺るがない。それだけクララを本気で可愛いと思っていた。「私なんか、そんな......」当のクララは当惑しっぱなしで、終始リザレリスに振り回されていた。こんなふうに放課後、友人と遊びに行くことも異例だった。人見知りで内向的なクララには、目の前の王女が、地味な自分に興味を持つことが理解できなかった。貴族とは名ばかりの、没落した一族の娘である自分